今は亡きわが師匠・池波正太郎は、「鬼平犯科帳」ほかの時代小説の作家として有名だが、一方、食味に関しても確乎たる信念を持っていて、かつて「日本料理の要諦(ようてい)は?」と問われ、「米と醤油」と即答していた。日本の食生活が限りなく複雑・多様になった現在、その二つに限ることに疑問を呈する向きもあろうが、依然として説得力はある。 米については改めて説明するまでもなかろうが、醤油についても、実際に少しでも料理を経験してみると、そのありがたさに思い当たるだろう。 醤油の由来は中国の「醤(ジャン)」に発しているのだろうが、中国・朝鮮半島から伝わったもののうち、「肉醤」「魚醤」より「豆醤」「穀醤」に傾斜していって、日本独自の発展をした。植物性ということが私には限りなくうれしい。ただ現在の醤油の形になり、一般に普及したのは比較的新しく、江戸時代になってからといわれる。それでも当初は高価で、刺身に添える調味料の主体は煎酒*1、酢、味噌だったと記録にある。 濃口、淡(薄)口、たまり、白醤油といろいろあるが、それぞれ特徴に応じて、つけ醤油、かけ醤油として生(き)で用いたり、煮物や吸い物に使ったりと、用途は広い。現在は、日本だけではなく、名だたる欧米の料理人たちがその重宝さを知り、ソイソースと呼んで競ってそれぞれの料理に使っているということだ。 高度経済成長期以後に育った人たちが食事の洋風化になじみ、バター、ソース、はてはマヨネーズなどに親しみ、醤油の繊細・微妙な味わいを知らないことを、私はアイデンティティの喪失だと憂えるのである。
*1煎酒 … 日本酒に梅干し、花がつおを加えてじっくり煮詰めたもの。